断酒の先に光が見える………………(−_−;)かな?

3週間、3ヶ月、3年後の私へ、断酒の決意を忘れない様に。

淡々と断酒継続1年

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「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。 危ぶめば道はなし。 踏み出せばその一足が道となる。 迷わず行けよ。」123、ダー!(^○^)

 

断酒継続して一年が経ちました。

ブログ、Twitterで励ましの声をかけて下さった皆様には、感謝を言い尽くせません。皆様のおかげで断酒継続できています。人は1人では弱いもの、ささやかな言葉のやり取りが私に大きい力を与えてくれました。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。(^_^)

 

ですが、1年断酒継続出来たからって、自分におめでとうと言う気持ちにはなれないのです。

深酒に溺れていた自分を改めて、一年経った事がめでたい事なのでしょうか?

 

過剰飲酒は犯罪ではないですが悪行である事は間違いないので、例えば飲酒を盗み等の悪行に置き換えてみると、「手癖が悪くて盗みをやめられなかった自分が盗みをやめて1年経過しました。おめでとう。」と言ってるような違和感を感じるのです。(;ーー)

 

飲酒は悪行どころか日本文化では推奨?されているし、ちまたに大酒飲みは多く、そんなに厳しく考える必要ないのかもしれませんが、アルコール依存症の行き着く先を思えば、やはり自分に、そして家族に対する大罪であると思います。

 

おめでとうではなく、「これからも、気持ちを引き締めて、続けて行きます。」と宣言します。まだ人生が続く事に感謝して、毎日を大切に過ごさないともったいないですね。

 

なんかせっかくの1年経過に真面目すぎて可愛げのない事をツラツラと書きましたが、読んで下さった方々、お目汚しすみませんでした。「おめでとう。」というのは何か違うという違和感を、すっきりさせたくてこんな事を書いてしまいました。

 

まあこれからも断酒継続、肩の力を抜いて平常心で行きます。断酒継続同志の皆様、これからもよろしくお願いします。^o^

変化に弱い中高年。

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もうすぐ断酒継続1年ですが、最近健康の事でへこむことが多くて、せっかく断酒を頑張ってきたのにむくわれないなあと考えてしまい、→もう、飲酒再開しちゃえばいいんじゃないの?と考え→いやいやここまで頑張ってきたのに飲酒再開はしたくない。→第一程ほどに飲めないから断酒したのに、飲酒再開したら飲み過ぎてますます健康が悪化するし。気に入らない事があるからって、破滅的な考えをしてはいけないと反省しました。

昔からの疾患は薬を飲んでも抵抗がなく、断酒の為にノックビンも飲み続けているのに、新しい薬は「飲んでいいのか?」と悩む始末。ネットで情報を調べれば、医者批判、投薬批判に偏った情報ばかりで、「飲んではいけない。病気が悪化する。」記事ばかりでますます悩んでしまう。
要は変化に弱い。歳を取って新しい状況に対してストレスが大きくなっている。

まあ、結構な年齢になってきて、健康状態問題なしで済まないのも無理の無い事。体のあちこちにガタがきて当たり前。新宿OPクリニックの廣瀬先生がネットの講義で、「車で言えば10年落ち、走行距離10万キロ越えみたいなものだから、心配しすぎず、ある程度のあきらめが肝心。」と話されていましたが、その通りですね。

しらふの高揚感

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ここのところ急に暑くなって、日中なんかは暑くて辛い時もありますが、気持ちの良い新緑の季節になりました。
以前はお酒をやめてしまうと、酩酊中の昂揚感が楽しめなくなると思っていたのですが、最近はしらふで初夏の街並みに昂揚感が感じられる様になりました。特に夕方の日が暮れるまでの感じが気に入っています。
やはり、「二十洗脳」に書かれている通り、お酒を飲み続けて、普段のドーパミンの量が欠乏して、しらふの時は景色も灰色に見える様になっていたんだなと思います。
「お酒をやめるとストレスを解消できない。」という意見を聞きますが、そんな事はない。飲酒の一時的な昂揚感にだまされて、普段のストレスが大きくなっていただけだと実感しています。
お酒の飲み方に問題があって、やめようかと考えている人は、ぜひ私の体験を参考にしてもらえたらと思います。
これからも断酒継続して夕暮れの街をドライブする昂揚感を楽しみたいと思います。

あきらめたもんじゃない。

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先日、アルコール依存でかかっているお医者さん以外のお医者さんと話す機会があったんですが、「お酒を辞めたのは良かったけど、それまで大量に飲んでいた分、脳や体がダメージを受けているし、それは取り返せない。」と言われ、それはその通りだなあと思いました。どこかで断酒を3年続けたら脳が回復すると聞いて、それを励みにしていたんですが、もう老年に差し掛かる年齢で、大きい回復を期待するのは虫が良すぎるだろうと思います。

それでも私の年齢位からは生活習慣の見直しで、病気のリスクが大きく違うみたいですので、まだまだあきらめたもんじゃない。
ただ、ついつい断酒継続できている事でいい気になって、「私は偉い。」と自画自賛しているところがあったけど、何十年も大酒を飲んできた事は、そもそも健康な人から見ると異常だったというだけの事なのですよね。

やってしまった事は取り返しがつかないけれど、あきらめてはいけない。明るい気持ちで残りの人生を断酒していきたいと思います。

お酒を飲む人は全員アルコール依存症である。

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以前から、どこまでが正常な飲酒でどこからがアルコール依存症なのか?この定義が自分の中で定まらず、スッキリしなかったのですが、

これを「お酒を飲む人は全員アルコール依存症なんだ。」と考えるとスッキリします。
「お酒を飲む人はアルコール依存症で、お酒を飲まない人はアルコール依存症ではない。」
この定義で行くと、たまの宴会でビールを一口飲むだけの人でも依存症です。

まああくまで「アルコールを摂取する事を必要な事と考える。」事を依存的思考と捉えての意見ですから、社会一般的な考えではありません。

ただ、このたまの少量飲酒から死に至る連続飲酒まで、食品がどこから腐るのか線引きが難しいのと同じで、此処からという区切りが無いですし、そして飲酒の実態は、体に良くない飲み方をしている飲酒者の割合が全体の何十パーセントにもなっている。

こういう考えは、楽しく飲酒している人に対する負け惜しみなのかもしれないけど、一理あるかなとも思うのです。釈迦もマホメットも飲酒はやめておけと教えていますしね。

まあ「アルコール依存症の定義」なんか考えなくても良いのに、学者でもないのに理屈っぽいおばさんだなあと思いますが、今日は飲み会なので(嫌だなあ。)、少し気分を冷静にする為に、自分の社会通念の見直しをしてみましたよっと。( ̄ー ̄)

二の矢を受けちゃう自分を許しちゃう。

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お釈迦様の教えで「二の矢を受けない。」というのがありますが、敢えて「二の矢を受ける。」覚悟をすると、精神的に楽になるかも。気にするなといっても気になってしまう性分だからです。気にしーな自分を許してやる、自分に向けて、気になるなら好きなだけ気にしてみたらと言ってやる感じですかね。

私は気が小さく、気が短い性格です。気になる事があると、二、三日不眠症になり、解決の目処が立つと元気になる。馬鹿です。待てないのです。
思えば私の父もせっかちでした。遺伝かも知れません。

仕事でも、人と連絡がつかなくて後でもいい、と対処できるところで、私は直ぐに連絡して確認して安心したがったりします。でもそういう目先のことで「ギャンギャン」言ってくるせっかちな他人をこちらから見ると、愚かな人に見えるので、私も同類で愚かなんでしょうね。

思えば私のお酒の問題は、このせっかちゆえのアルコール依存だったような気がします。
嫌な事がある➡︎飲んで憂さ晴らし
そのパターンが形成されて、いつでもお酒を飲んで、気分を上げたい。という底なしの欲求に陥って行く。

1年弱断酒継続してきて、少し自分の愚かな心の姿が見えてきたみたいです。そしてそれを許す心も育ってきた。

本当に断酒はオススメです。依存症まで行っていない人でも、「自分の飲酒は変だ。」と日頃スッキリしない気持ちを抱えている飲酒者は、試しに断酒をやって見ると、目からウロコの世界が待っているかも知れません。「信じるか信じないかはあなた次第です。」けどね。

4月も半分過ぎました。

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(旅行した場所が被害にあって心が痛みます。)

今日はちょっと大きな買い物をしました。必要な物なので購入したのですが、何でも変化はストレスになるものです。
しばらくはこの件でもストレスがかかるのかなあと思っています。
でも新しい事はワクワクでもある。この変化を楽しめたら良いですね。

今日は暖かくて、シュワっとした飲み物が飲みたくなり、勿論ソフトドリンクのサイダーを飲みましたが、「効果は今ひとつだ。」でした。じゃあ、アルコールなら楽しいのかというとそんな訳はなく、あの楽しさは「まぼろし〜〜。」ですから。アルコールは辛いだけです。

ワクワク、楽しさを求めても、そう簡単には見つからないし、長年飲んできたので、飲酒がらみの楽しみの発想しか無い。

楽しいことを探すのも頑張りますが、元気でいられる事を感謝する心を育てていきたい。実は昔大震災のあった街に住んでいるので、今回の熊本の地震も他人事とは思えず、昨年同窓生に会いに旅行に行ったので、彼女の事も心配です。