断酒の先に光が見える………………(−_−;)かな?

3週間、3ヶ月、3年後の私へ、断酒の決意を忘れない様に。

お花見と合法麻薬

「テッド」というクマのぬいぐるみのアメリカの映画には、大麻を吸うコメディシーンが何回も出てくるんですが、日本人から見ると全然笑えない。

アルコールが違法な国から見たら、お酒を飲んで馬鹿騒ぎする人々は、気持ち悪く見えるでしょうね。様は認識の違い、文化の違いですね。

しかし、日本人には花見にはお酒がつきもの。花見酒、粋に楽しんでおられる方々に、野暮は申しません。私は飲みませんけどね。

しかし、これが飲めなくなった負け惜しみでは無くなって来ている事が意外なんですよね。
断酒継続して本音でお酒が要らなくなった。飲まない日常が気に入るようになって来た。

去年は、「来年の花見、お酒が飲めないのはつまらないだろう。」と思っていたのに。今年になってみるとそうでもない。飲まない方が幸せを感じる様になっているのです。

当たり前〜当たり前〜♪

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今日は飲み会の日です。正直嫌ですが、まあしょうがない。私はずっとノックビンを飲んでいるのでこういう時は助かります。

昨日、やっと気にかかっていたことが二つ片付いたのですが、思っていた程は気分が晴れない。もう一つ気になることがありますが、それが片付いても多分スッキリしないでしょう。そもそも仕事自体がストレスですからね。仕事以外にも子供の事や健康、お金の事。一生スッキリするのは難しいと思います。

昔はストレス発散にお酒を飲んでいたけど、若い頃から問題飲酒でしたから、そもそもストレス発散でも何でもなかった。自分を余計に痛めつけているだけでしたね。

人間は死ぬまでソコソコ気が重いのが当たり前と認識すると、ちょっと成長できるかもしれません。後は規則正しい生活と食事、適度な運動、当たり前の事が一番大事なんでしょうね。

お酒にごまかしは通用しない。

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以前も書きましたが、私はSFやSF映画が好きで、昨夜は新作のSF映画をレンタルして鑑賞しました。映画を見た後は某映画評のサイトの投稿レヴューで人の意見を見る事が多いのですが、そのサイトではレヴューに記載されるある数値を見ると、関係者が評価を上げる為に投稿しているのでは?と疑われる投稿があります。(あくまで推測です。)

この程度の事は別にいいんですが、世の中にはごまかしがきくものときかないものがあるなあと思うんです。上手くごまかせたつもりでも、後々ごまかしがきかなくなることは多いですよね。

アルコール依存症の否認はまさにこのごまかしがきかないごまかしです。youtubeの新宿OPクリニック廣瀬医師の講義で、「でもだって」という考え方が依存症の治療を阻んでいるというお話がありました。「お酒飲み過ぎだね、でもだけどまたちょっと飲むぐらいはいいよね。」という思考です。依存症はごまかしに陥りやすい病気なんですね。

断酒継続10か月になりましたが、「10か月もやめたけど、また飲んでもいいよね。」とならない様に気を付けたいと思います。

アル中は楽しくないと思います。

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「お酒は辞めたんじゃ。」

マツコデラックスさん、私は割と好きで番組もよく見ていますが、彼女?が番組の中で「高齢者はアル中でも良い。」と言う内容の発言をしたらしいです。


高齢者はアル中の方が楽しみがある、という内容の様ですが、多分アルコール依存性の悲惨さについて認識が足りない故の発言だと思います。

楽しめる段階でとどまれないのがこの病気なのですが、高齢者ならばとどまれなくても後は死ぬだけだし、ということなんでしょうか?
そんなに簡単に死ねないし、周りは巻き込まれて苦しむのにね。

今になって、どうもこの人は暗い考え方をする人だと気が付きました。発言が面白いと思ってきたけど、断酒を継続して物の見方が変わって来た私から見ると、また違って見えて来るものがあります。これからは見る番組も変わって行くと思います。

楽しい飲酒なんてあったのか?

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久しぶりに飲酒する夢を見たんですが、夢の中で泥酔していました。
夢でも泥酔の感覚が体験できるんだとびっくりしましたが、人間の脳は不思議です。

夢の中の事だったので、「あー、飲んじゃった。」とか「どうしよう。」とかは考えませんでしたが、ちっとも楽しくなかったのは覚えています。お酒に潰される感じは病気や事故に近い不快感がありました。

前回の専門医の受診で、医師に「会社の帰りにお酒が飲めたら楽しいだろうなと考えてしまう。」と話して、長い飲酒期間の中には嫌な事だけではなく、楽しい飲酒もあったからだろうと話していたのですが、こういう夢を見て、改めて本当に自分にとって楽しい飲酒なんてあったのか?と考えてしまいました。

そりゃ、飲み始めの酩酊感は楽しいのかもしれませんが、結局、この歳になって飲酒をやめなければいけなかった自分にとって、飲酒は決して楽しいものではなかったのではないか? だからこんな夢を見るのではと思うのです。

休日の過ごし方

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飲酒をしていた時の休日の過ごし方は、だいたい昼からお酒を飲んで好きなつまみを食べて、眠くなって寝て起きて過ごしていました。今思えば自堕落な事をしていましたが、お酒を辞めても出不精な性格で、家でダラダラと過ごす事には変わりありませんでした。

昨日は仕事が休みで、用事があったので、ダラダラして昼過ぎになるのが嫌だったので、朝から車で出かけて、その後家に帰ってもダラダラするだけなので、行きたいホームセンターに行き、お昼は行きたかったお店にランチに行き、改装openしたお店を見に行きました。

ドライブは苦手と思っていますが、運転する機会が増えて楽しいと思う様になってきました。
今日思い出してみても、昨日は楽しかったと思えるので、これからも休日はドライブして好きなところへ行こうかなと考えています。もちろん安全運転には気をつけます。

飲酒欲求

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最近でも少し新しい職場に慣れた頃から、飲酒欲求というんでしょうか?たまに「飲めたら楽しいだろうなあ。」と考えてしまうことがあります。たいていは終業後家に帰る車の中でこの考えが浮かんできます。

ただ今までの飲酒欲求と少し質が違う感じになっていて、たとえば「大きい借金をして好きなだけ遊べたら楽しいだろうな。」と考えて「そんなことしたら現実には大変な事になるからありえないけど。」と考えるような感じ。現実的ではないありえない事を考える感覚で、「そんな不幸な事はするわけない。」という考えとセットになっているのです。

確かに会社から家に帰る途中でなにも楽しい事もない。田舎ですから買い物するお店も8時には閉まってしまう。そんな時、ふと「お酒が楽しめたらなあ。」と考えてしまうのですが、以前より「ありえない。」という感覚はしっかり感じる様になりました。まあだからといって、油断はいけませんけどね。

最近は「楽しい事なんてないのが当たり前。仕事ができるうちは仕事をがんばればいい。ささやかな幸せを探して行こう。」と思う様になってきました。少しは成長したのならいいんですが。(ー ー;)